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オバマ氏の就任演説後の日本の反応
2009-01-22 Thu 14:49
今回のオバマの演説で、特に耳に残ったのが、「責任の時代」ということだった。
あれだけ変革を叫んできたオバマがここにきて、「アメリカ国民として、全方位的な責任」を果たすことに、ここ危機を脱することができる、というのである。日本の首相とは比較にならないほど絶対権力をもつアメリカ大統領が、である。

その後の日本の反応を見ると、メディアの知識人たちはグリーン・ニューディール政策の効果、ニューディール政策時と日本の経済危機時との比較などが多い。つまり、国の政策論だ。

で、ネット等は今の日本と比べる人が案外多い。自民、民主、特定の政治家、リーダーがどうだこうだ。

他民族国家のアメリカが、国民であるためには国民一人ひとりに「責任」が必要だ、といっているのだ。それでなければアメリカ国民である必要はない、とまで言っている。

これは一見、小泉氏の時の「痛みを伴う」とは違う。

小泉氏の発言は、結局、「政府が痛みを与えるからよろぴくね」ということだ。すでに痛みが決まっている。

では、責任とは。この漢字は2文字とも罪をあらわしている。つまり、責任とは何かの行動に伴う、リスクをあらわしているのだ。

日本的な集団発想に当てはめると、さしづめ、権利主張にはそれ相応の義務が生じる、といったところか。

アメリカは直接大統領を選ぶことができる。なので、大統領はそれだけ権力が絶大だし、その分、国民にも責任がある。ブッシュを選んだのは国民にも責任があり、そして反省して違うタイプを選ぶ。そうしたスクラップ&ビルドをできることがアメリカの真の強さなのだ。

しかし、日本は世襲制度が当たり前で、生まれたときから身分が決まっていることを当然に思っている一般人が多すぎるせいか、このスクラップ&ビルドができない。何かを壊す、ということは自分に責任もかかってくるからだ。

そして日本人が身に着けた幸せ感は「あきらめ」。

マイホーム→あきらめ
マイカー→あきらめ
仕事→あきらめ
生活苦→あきらめ

そんなはけ口を政府に訴えても何も始まらない。政治には自分たちにも責任があることを自覚しなくてはならない。

たかが市議会だと思って、仲の良いことを理由に投票していないか?
地主さんだから逆らえないか?
渡りの役員を迎えれば、公共事業投資費を数%をもらえる、ということだけか?

ブッシュが映画でもたたかれるぐらいの政治だったのにもかかわらず、あれだけもりあがるアメリカはまさに民主主義の大国であり、日本は民主主義の皮をかぶった、帝国主義的属国にすぎないことをまざまざと感じた。

ま、公共広告の「もたつく権利、よろし~く」
などという、権利の主張のみで義務の啓蒙がない広告に金を掛けるこの国には何を言っても無駄なのかも知れないが。




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